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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)7696号 判決 1974年5月13日

原告

甲野一郎(仮名)

ほか一名

被告

乙山花子(仮名)

主文

一  被告は原告甲野一郎に対し、二二八万六、六八四円及びこれに対する昭和四六年九月一七日から支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告甲野一郎のその余の請求及び、原告甲野春子の請求を棄却する。

三  訴訟費用中原告甲野一郎と被告との間に生じた分はこれを二分し、その一を同原告の、その余を被告の各負担とし、原告甲野春子と被告との間に生じた分は、全部同原告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告甲野一郎に対し、四〇一万〇、一六八円、原告甲野春子に対し一〇〇万円及びこれらに対する昭和四六年九月一七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告一郎は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四六年五月一六日午前四時頃

(二)  発生地 東京都江戸川区北小岩八丁目二番四号先路上

(三)被告車 普通乗用自動車

運転者 被告

(四)  被害者 原告 一郎

(五)  態様 路上歩行中の原告一郎に被告が被告車を衝突させた。

(六)  被害者原告一郎の傷害部位、程度

(1) 傷病名 第二腰椎圧迫骨折、骨盤骨折

(2) 治療経過 昭和四六年五月一六日から同年七月一七日まで入院治療、退院後当初一月間位は一週間三回程度、その後も週一回程度の割合で通院治療し、その外都合一〇回にわたり、一回につき三、四日ないし一週間程度の割合で温泉療養をしたり、マツサージ治療を三〇回位受けたりした。

(七)  後遺症

原告一郎の前記の傷害は一応固定し全快の見込は殆どなく、力仕事には全く従事出来ない。

二  (責任原因)

被告は、昭和四五年秋頃から昭和四六年春頃までの間に、原告一郎から、バーの開店資金、土地建物の購入資金の一部、自動車購入代金等合計七〇〇万円を超える金員をもらいうけるなどして相当の援助を受けていながら、些細なことから痴話げんかし、情激の余り、殺意をもつて同原告の背後から前記のとおり時速約五〇キロメートルで被告車を衝突させたので民法第七〇九条による責任がある。

三  (損害)

(原告一郎分)

(一) 治療関係費 六二万六、六八四円

(1) 入院治療費 三二万六、六八四円

(2) 通院治療費、温泉療養費、マツサージ代 三〇万円

(二) 逸失利益 二三万三、四八四円

原告一郎は丙川太郎から畑約一反歩を借り受けこれを耕作してニラ、枝豆、小松菜などの作物の収穫により年収三〇万円を下らなかつたところ、前記傷害及び後遺症により右耕作の継続が不可能となつた。ところで、原告一郎の収入は農作物によるものであるから、同原告の受傷は前記のとおり、昭和四六年五月一六日であつたが、同年度の農作業が不可能になつたため、同年度分の収益が皆無になつた。そこで同原告の逸失利益を昭和四六年一月一日から一〇年間にわたり労働能力喪失率一〇〇%として年五分の中間利息をホフマン複式(年別)計算により控除して算定すると二三八万三、四八四円となる。

(三) 慰藉料 一〇〇万円

原告の本件傷害及び後遺症による精神的苦痛を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み少くとも二〇〇万円が相当であるが本訴ではうち一〇〇万円を請求する。

(原告春子分)

慰藉料 一〇〇万円

原告春子は夫原告一郎の前記受傷により多大の精神的苦痛を蒙つたのでそれを慰藉するには一〇〇万円が相当である。(なお夫婦の共同生活を侵害された点については請求しない)

四  (結び)

よつて、被告に対し、原告一郎は四〇一万〇、一六八円、原告春子は一〇〇万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年九月一七日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告の事実主張

(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(六)は認める。(但し、通院治療の点は不知)(七)は不知。

第二項は否認する。本件交通事故は、原告一郎が、被告宅で「被告の店」を毀してやると云つて帰宅したので、被告は自動車で店に行く途中、過失によつて同原告に接触したものであり、故意に同原告に衝突させたものではない。

第三項中治療関係費は不知。その余は総て否認する。なお原告一郎が耕作していた事実はなく、同原告は所謂楽隠居の身で、土地の売食いで生活していた。

第五証拠関係〔略〕

理由

一  (事故の発生)

請求の原因第一項中(一)ないし(五)は当事者間に争いがない。同項(六)のうち、原告がその主張通りの傷害を負い、その主張の期間入院治療をしたことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によれば、原告一郎は退院後当初は一週間一回程度、その後は昭和四六年末頃まで月一回程度の通院治療をしたこと、その間温泉治療(一回につき三、四日ないし一週間程度の割合で一〇回以上)や、マツサージ治療(一四、五回以上)をしたことが認められる。

同項(七)の後遺症については、〔証拠略〕によれば、原告一郎は本件事故後記憶力が衰え、昭和四八年一二月現在、気候の寒い折は腰が痛み、平生でも力仕事には従事できない状態にあることが認められる。

二  (責任原因)

〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

(1)  被告はバーのホステスとして働いていた昭和四五年一〇月頃、客として来ていた原告一郎と情交関係を持つようになつた。同年一一月頃には、同原告から都内葛飾区にバー「ひまわり」を出してもらい、昭和四六年三月には、都内江戸川区所在の家屋購入資金の一部や、自動車の月賦代金を払つてもらうなど経済的援助をも受けるに至つた。しかし同原告の情交の要求が執拗なので被告がこれを断わることがしばしばあり、その度に同原告が被告の男関係を疑つたり、暴力を振つたりするし、ときには火傷を負わせるなどのことがあり、両人の間にはいさかいが絶えなかつた。そういうことで被告は、同原告との関係を解消したい気持になつていた。

(2)  たまたま同年五月一六日午前〇時頃、被告はいつものように右バーに来た同原告から、閉店後同店二階の部屋で情交を求められたのを断つたうえ、自動車の月賦代金の催促をしたことから、同原告と口論となつた。しかし何とかこれをなだめて被告車に同原告を乗せて同日午前三時三〇分頃被告方に帰つた。しかしそこで再び口論となり、被告が「今日限り別れます」等と云つたことから、逆上した同原告が被告を殴る等し、更に被告方の家具や備品をこわしたりしたうえ、「これから店に行き店を叩きこわして商売ができないようにしてやる」と云い残して被告方を出て行つた。

被告は腹も立つたし、同原告が本当に店をこわすのではないかと心配もし、これをやめさせようと被告車に乗つて同原告のあとを追つた。

(3)  そして、被告は本件現場付近手前の道路中央よりやや左側(進行方向に向つて。以下同じ)を時速三〇キロメートルで進行し、午前四時過頃前記事故発生地点にさしかかつた際約三〇メートル前方に歩行中の同原告の姿を認めた。そのとき同原告のそれまでの仕打ちを思い出し、怒りが一時にこみ上げ、被告車を同原告に衝突させれば、場合によつては同原告を死に至らせるかも知れないことを認識しながらそれも差支えないと考え、同原告に向け進行し、約二〇メートルにまで接近したとき同原告が被告車の接近に気付き道路中央付近から左端へ斜めに避けようとするや、ハンドルを左に切つて同原告目がけて同速度のまま直進してその背後から被告車の左前部ナンバープレート付近を激突させ、同原告をはね飛ばし道路左端の側溝に転落させ、前認定の傷害を負わせた(路上歩行中の同原告に被告が被告車を衝突させたことは争いがない)。

従つて原告は民法第七〇九条により損害賠償責任を負わなければならない。そこで原告らの損害は次のとおりである。

三  (損害)

(一)  治療関係費 四七万六、六八四円

(1)  入院治療費等 三二万六、六八四円

〔証拠略〕により認められる。

(2)  通院治療費、温泉治療費、マツサージ代 一五万円

〔証拠略〕によれば、原告一郎は通院治療費、温泉治療費、マツサージ代として少くとも一五万円を支出したものと認められる。

(二)  逸失利益 八一万円

〔証拠略〕を併せ考えると原告一郎は他から畑約三〇〇坪を借り受け、これと自己所有地に小松菜、豆類等を作り、原告春子と共に働いて必要経費を除いて年間三〇万円以上の利益を挙げていたこと、うち原告一郎の寄与率は八割程度であつたこと、同原告が受傷し、耕作が不能になつたため右借地を返還し、耕作はやめてしまつたため、農業収入は皆無になつたこと、同原告が大正三年一月二一日生れであるので、今後転職して相当の収入を挙げることは若年者に比し期待しがたいが、すでに現在自己所有地を売つてアパートを建てその生計を立てており、アパートの管理程度の労働には耐えうることが認められ、従つて同原告は本件受傷により昭和四六年一年間は一〇〇%、その後九年間にわたり平均して三〇%程度の減収を来たすに至つたと認めるのが相当である。(なお当初一年間は妻のみで農業することは不可能と認め、妻の寄与分を控除しない)そこで中間利息をライプニツツ式計算により控除し、同原告の逸失利益は次のとおり八一万円(万円未満切捨)と算定される。

(算式)

三〇万+三〇万×〇・八×〇・三×七・一〇七八=八一万一七六一

(三)  慰藉料 一〇〇万円

前認定の傷害及び後遺症の部位、程度、本件受傷に至る原因は原告一郎にも相当反省すべき点のあることその他一切の事情を併せ考え、同原告の慰藉料として同原告請求の一〇〇万円を相当と認める。

(原告春子分)

前認定の原告一郎の受傷の部位、程度に鑑みるとき、その妻である原告春子にまで原告一郎の受傷による慰藉料を認めるのは相当でない。

四  (結び)

以上により被告は原告一郎に対し二二八万六、六八四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年九月一七日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があるから、その限度で原告一郎の請求を認容し、同原告のその余の請求及び原告春子の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行宣言について同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤寿一)

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